ダンボールの憂鬱、グラスファイバーのパレス

先月ひどい風邪をひいて以来、セキがなかなか止まらない。胃袋の底を震わせるほど深く咳き込んだあとしばらくはどうしようもなく疲れてしまう。咳止め薬はもはや効かず、鎮痛剤で筋肉の痛みを麻痺させている。良くないことなんだろうけど、もうじき治るだろうと思って。こんな体調に反発するかのような楽観がいつもの拙っぽくなくて、われながら少々気味が悪い。


血行を良くしてみようかと、町の温泉ランドに出かけてみた。施設が新しくて清潔だったし、スタッフも親切で大層気持ちよく過ごせた。パンフレットで広い岩盤浴施設が自慢らしいとわかり、その中の「イルミネーションなんたら」という珍しいネーミングの部屋に入った。


まっ白な部屋の隅には小川のようにチョロチョロと水が流れていて、その上を薄いスモークが浮かんでいる。開始のアナウンスとともに扉が閉まると、スピーカーからヒーリング音楽が流れだし、天井はオーロラを模したような七色のイルミネーションがやわらかく発光している。そのセットの効果は正直(どうってことない……)ものだったが、じゅうぶんに汗はかいたし、存分にリラックスできたので良しと。

イルミネーションがどうやって映されていたのか調べたくなって天井をジロジロと眺めたら、透明なグラスファイバーみたいなヒモが何百本もぶら下がっていた。天井裏の装置からそこに色を通していたわけだ。新築の今はまだいいが、これ、ホコリで汚れたらどうしようもないだろうな。「場末感」を醸すことに、どうかなりませんように。


入浴した当日こそ具合は良くなったが、翌日からはまた咳との戦い。酒を飲めば酔いすぎてしまうし、通院や薬代でかなりお金をつかってしまい、気分も凹みがち。


そんなセンシティブな時にうっかり観てしまい、感情移入しすぎて号泣した今週の「ザ・ノンフィクション」は、リヤカーで段ボールを拾い集めて古紙回収業者に売り、日銭500円で暮らす老人男女の話だった。男性は60少し過ぎ、女性は70歳を越えていた。夫婦ではなく、お互いの本名さえ知らない赤の他人のふたりが、同じ仕事で知り合い、同郷と知って以来、助け合って生きていた。


数年にわたって取材を続けるうち、主人公の男性は風邪をこじらせて亡くなり、女性も、男性の作ってくれた段ボールの掘っ立て小屋の中で、あとを追うように旅立ってしまった。(野垂れ死に)。そんな憂鬱な言葉が脳裏をよぎる。


でもそこで番組は終わらなかった。生前、老女は繰り返しこう話していたという。

「あんな優しい男(ひと)には今まで会った事がない。老い先短くなってから、あたしこんな幸せになっていいんだろうかね? 今までの人生の中で一番、幸福だ」

そして男性が亡くなった後にはこう言って泣いていた。

「こんなに長く生きちゃって、迷惑かけて。あたしが代わりに死ねばよかったのにねえ。ごめんねえあたしが生きちゃっててごめんねえ」



彼女は、数十年後の自分の姿かもしれない。そう思いはじめると止まらない。
やはり相当、わたしは弱っているようだ。