ハイなヒール と きかん坊

泣き出したり泣き止んだりと金曜日の空は多感な年頃の娘みたいなので、仕方なく自転車通勤をあきらめ早めに家を出て踏み切りを渡り10分かけ最寄のバス停まで急いだ。

道向かいに見える停留所の前には年配女性がひとり、少し離れて中年女性がひとり。その後ろに並ぼうを交差点を横切ったところで、妙齢女性がもうひとりいることに気づく。

彼女は停留所からだいぶ離れたところに立ち、ガードレールにトートバッグをどさりと乗せ、そこにひじをついて前へ身を乗り出すように道路を覗き込んでいる。最初はタクシーを待つ人かと思っていたが、右手の指先にバス乗車カードをはさんでいたので乗客だとわかった。

ちょっと困ったが、とりあえず停留所の近くに並んでおき、バスが来たら身を引いて順番に乗車しようと考えた。ほどなくバスが来たら、遠くにいた女性が「わたしが先よ先よ」といいたげな形相ですっ飛んで来て私の横をかすめ、あっという間に後部座席へ身を沈めた。席を横取りするわけでもないのに。それに、そんなに慌てるなら並んでいればいいのに。

勢いに気をそがれ、二人掛けが少しあいていたが出口の向かいに立ち、つり革につかまった。足が弱く急停車で転びやすいから、普段は椅子に座ることが多いのだけど。


降りる停留所のひとつ手前を発車したあと出口に移動したら、いきなり私の手を握ってくるんじゃないかというぐらいの勢いでガバッと同じ手すりにつかまり覆いかぶさってくる人影があって驚く。見るとはなしに見ると、30代っぽい女性が真後ろにぴったりくっついていた。どうやら同じ停留所で降車したがっている様子。スピースピーとなぜか荒い鼻息が聞こえ、いやな気持ちになる。

扉が開くと同時に、他を突き飛ばさんばかりの勢いで飛び出し、カツカツカツカツとハイヒールを鳴らして地下鉄の入り口へ吸い込まれていき、私は呆然としながらその音と後ろ姿を見送った。なぜそんなに急ぐのだろう。ハイヒールの音、私はなぜか苦手だ。それもヒール音がせわしないほど、ざわついた気分になってくる。


急ぐ女子よ。スニーカーを履いて、がつがつとおおらかに大またで歩けばいいのに。