メリーさんのレース

昔を思い出すアイテム、もうひとつ。映画「ヨコハマメリー」は、拙が大人の修行を重ねた20代にどっぷり過ごした町の姿を、たっぷり観ることが出来た。


卒業して就職したものの、縁と勢いでフリーのスコアライターになって恋して酒おぼえて泣いて道ばた転がって思い直して仕事して。そのめくるめく日常の隙間に、ふと目をあげれば視界ん中にメリーさんはいた。多分もう、彼女がヨコハマをリタイアする直前だっただろうか、まっ白いレースはいつ見ても灰色で、髪の毛もボロボロ、白塗りの化粧もハゲハゲ。森永ラブでコーヒーのかわりに砂糖水を飲む時には、背中を丸め、首を鶴のようにぐりりと曲げてスススス、と静かに啜っていた。奥まったボックス席で。


壁にぶつかったり孤独を感じるたび、(結婚もできず恋人もいず父も母もみんな死んでしまったあと、自分もメリーさんのようになるのかもしれない)と思い、そのたび辛くなって酒をあおり、石畳に頬をすりつけて転がり回っていた。そんな時期もあった。


その頃持っていた破壊的なほどにむちゃくちゃなエネルギーは、今はもうすっかり影をひそめてしまったが、相変わらず落ち着かない生活を続けている。それをあえて望んでいるわけでもないけど、もう多分、こういう生活から抜け出すことは難しいかもしれない。わがままだから。


こんなおろかな女の人生でも曲がりなりにまっすぐだと思っている。とはいってもそれは、嘘や妥協を抱えられる器用さを持っていないだけなのだから、そんなこと誰もせいぜい不憫がるだけで、決して褒めちゃくれないけど、メリーさんなら「OKよ」と、きっと言ってくれるんじゃないかと思う。ホームレスでも、疎まれても、ぎりぎりまで気位を捨てず、あらんかぎりの力で町を歩き続けたメリーさんなら。

くっすん。オオグロ。