ビール片手に赤い紐靴はいて倒れるまでつま先でコココと踊りつづける

izumi_yu_ki2004-07-05

飲み会の約束がドタキャンになった夜いもうとから父方の叔母が死んだと聞きアアまた線香の香りをまとわりつかせた生者の茶番を我慢しなければならないのかと思いつつ山奥に住む父に電話をしたら「オマエがまたオレの姉妹に傷つけられないように黙っているつもりだったんだけどナ」と遠慮がちに言われ「ナニ馬鹿ナコトイッテルノあたしは血がつながってるあなたの娘じゃないか長男の長子として筋とおして出席するに決まってる」と一喝したら父が「ごめん悪かったありがとう」と声をあげて電話口で泣いた。

ビール呑まずにいられない。

電話のあと、恋人のいる街まで急いで走り、待ち合わせて地下道のビヤホールでものすごくおいしいハーフ&ハーフをたくさん呑んだ。ものすごくおいしいハムやソーセージをいっぱいほおばった。やがて胃袋は重くなったが心がまだ腹をすかせキューキューと鳴っている気がする。そこでやおら恋人の手をひっぱり、地上に出た。屋台のおでんで、残る隙間を埋めたくなったのだ。

テレビドラマによくある風景。町のはしっこにぽつんと出ている屋台の赤提灯。コップ酒を手に、四角い鍋ん中でぐつぐつ湯気たててるガンモドキやつみれを適当に見つくろってもらう。静けさと湯気と外気の新鮮さが、酔いとともに体を包んでいき、なんにも話さなくても、じんわりと癒されていく感じ。これが欲しい、欲しい。

しかし、オフィス街の駅前じゃテレビみたいにはいかない。にぎやかだし、おでんだってロクなもんはない。芯の残る大根に、出来合いのロールキャベツ、さつま揚げだって油っぽくて胸焼けする。でも、それでも、いいと思った。丸いビニールの粗末な椅子に座り、ほろ酔い顔な通行客をぼんやり見つめる。

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父は、あたしが生まれてしばらくしてから祖母と母とあたしを残して家を出て以来、年に一度ほど顔を合わせるだけの人になってしまった。自分で興した仕事が忙しく、事務所に泊まり込んでいると聞かされていたが、実際は愛人を作り、羽振りのいい時にはヨットを乗り回し、自由だ男のロマンだと自分を優先しながら「一家の主としての束縛」から逃げ続けていた。家族には一銭も金を入れなかったのに、きょうだいや友人たちにはお人好しの大盤振る舞いで通っていた。

残された母は内職をして祖母と実家を守っていたが、女系親戚のいじめに晒され、最後まで父に守られることなく、とうとう追い出された。

冥土の順番がめぐり、父が死んだら、父性なきその血縁の赤い紐の結びつきに、あたしはいやでも取り残されてしまう。母親憎けりゃ子も憎いらしいから、いい思いをしないことは、火を見るより明らかだ。

わかっていながら縁を切れず、こうして葬儀があれば参列する理由は、自分でもはっきりとはわからない。ただ、随分前に他界した父方の祖父、祖母から意識の底のほうで引き留められているような気がする。幼い頃、縁側で祖母と一緒に植木をいじったこととか、いとこと遊んだ楽しい正月の様子とか、高校合格の祝いにと叔母の家に招かれ好物のアサリスパゲティとミートソーススパゲティをたらふく食べさせてもらった記憶とかが、なにかの折りに思い出されて、まだ人間的な情が彼らに残っているかもしれないから、と絶縁をためらわせるのだ。(じいちゃん、ばあちゃん、なんでそんなことするんだよ。)

固い大根にチューブからしを塗ってガリガリかじり、アサヒをぐびぐび呑む。腹がふくらむとともに、とりあえず今日はこれ以上考えるのはやめようって気になってくる。もやもやが喧噪に溶けていく。

隣では、恋人が心配そうにこちらを伺いながら、ばさばさのツミレを噛んでいる。「ぼくは何をしてあげたらいいの?何にもできないけど」ああ、ごめん。ごめんね。ありがとう。と、屋台の下でそっと手を握る。今、一緒にいてくれるだけで、じゅうぶんだ。