必殺・骨折人からの訣別

今年の初めには、まだ時々松葉杖の世話になっていた。T字杖を持ち歩き、電車ではシルバーシートを狙い、雨の日には外出できなかった。ずいぶん昔のようだけど、まだほんの1年前のことなのだなぁ、としみじみ思う。

その後、栄養だけはやたら摂取し、そして療養生活で筋肉の減った体に脂と水はどんどん溜まり、むくむくと肥えた。周囲の知人も、もはや拙が全治3ヶ月の怪我人だったことなど覚えていないようだし、本人も忘れてしまっている。

足全体を覆うギプスを巻かれ、はじめて持った松葉杖。手にマメをつくりながら、たった50mの移動に汗びっしょりになって30分もかけた。すぐ横をすり抜ける車のスピードに驚き、突っ込んでくる自転車の無謀に腹を立て、寝たふりをする人たち嘆いた。しかし、それと同時に、ハンディキャップをもつ人の生きにくさを知ることができ、なにげない親切や優しさもいただけた。

非常事態だからこそ経験できた。勉強になった。その一部始終に付き添い支えてくれたアルミ製の松葉杖。久しぶりに持ったら意外に重く、あれ、こんなにズッシリしてたっけと戸惑う。自転車に乗せることもできず仕方なく、怪我人時代を思い出し、ついて歩く。

扱いはすぐに思い出せた。上り坂の時には横にひろげ気味に。下り坂は前のほうに。全体重をワキに乗せず、体重をうまく分散してかける。とことこ。かつかつ。

向こうからくる人が、ちょっと遠慮しがちに離れてすれ違う。車も松葉杖に気づくと急激にスピードを落として慎重になる。バスでは皆の視線を感じる。久しぶりの感覚だ。この感覚は、杖を返したあとも覚えておきたい。いずれ老人になりヨチヨチになったらまた同じ思いを、今度は治るあてもなく死ぬまで味わうのだから。

松葉杖返却。5000円バック。