「制作者無名歌」の息づかい

9月になって、堰を切ったようにニコニコ動画に「歌詞」を発表した。曲を作りたい気持ちはある。クリエイターではなかったが、音楽の職人ではあった。ヘッドフォンつけっぱなしで、まがりなりにも延べ9年もDTMをしていたのだから、出来なくはない。

ただ、しばらくはヘッドフォンから離れたいなと思い、かわりに詞を作り始めた。


ある程度無理をしながら、今のところ3曲、フィールドに飛び出させてみた。反応はどんなメディアやWebよりも早い。そして、埋もれていくのもまた早い。関わっていくうちに身にしみてわかってきたのが、視聴者が「音楽」や「ボーカロイド」に何を求めているのか、だった。


今回、3つめの曲「スタンプ」を作った時、これはまず再生数は伸びないだろうと覚悟していた。わかった上で発表した。それだけこの音楽を心から愛している。だから本人たちは満足で、毎日自分の「子供」を見ては、いい曲だよなあ、とため息をついた。


「スタンプ」は、余白の多い曲だ。語る言葉も少ない。だから、歌う人の人生観とか、場合によっては年代まで丸出しになってしまう。ボーカロイドが舌足らずな声で歌うのも、いじらしさが出ていいのだけど、曲の醸す空気感がなかなか出せない。曲のプロットもなかなか伝わらない気がして、少し歯がゆさを感じた。


本曲を、大人の声質をもつボーカリスト、ウサコさんに歌っていただけないかと打診したのも、この曲は、人間のボーカリスト(言い方が妙だが)でないと心を伝えきれないのではないかと思ったからだ。

どちらかといえば高域を張るハードロック系の歌が有名な方だけど、ライブで生の歌声を聴かせていただいて以来、ボカロ曲やアニメ曲ではあまり使われない、低域から中域のヴォイスも魅力的なのではと、ずっと思っていたのだ。「スタンプ」の音程はけっこう低い。曲が出来上がったとき、直感的にそのことを思い出した。


無名なわたしたちがお願いをすることは、相手の方にリスクを負わせる可能性が強い。特に、落ち着いた地味な曲なので、なおさら話題性に乏しい。それでも、この無謀な依頼を、彼女は快く承諾してくださった。きれいなオリジナル動画つきでアップされた「スタンプ」を聴いたとき、大きな衝撃を受けた。メロディや歌詞に、あたたかい血が通った瞬間を目撃するようだった。


今回のコラボレーションを実現するにあたり、ウサコさんをはじめ、さまざまな方にご尽力いただきました。感謝の気持ちでいっぱいです。


聴いた方の心にこの音楽が触れますように。興味を持ってくださったら、また他の方が歌ってみてもいい。爆発力はなくとも、だんだんと育っていってくれれば本望。ジャズ・スタンダードがいつまでも歌い継がれ、演奏され続けているように。どうぞ歌ってみてください。そして情景は、ご自分の心のオリジナルを、描いてみてください。

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